2024/04/04

それぞれのたからもの

光長寺には、日蓮大聖人が直筆された御本尊5幅をはじめ、数多くの御宝物(ごほうもつ)が護られています。

(御本尊・・・拝む対象そのもので、多くは掛け軸のような作りのもの。詳しくはまたその内・・・)

◯日蓮大聖人が直接下命された『道場』光長寺

 全国に約130幅の御本尊があるとされていますが、光長寺にはその中で最大である『二十八紙大曼荼羅御本尊』が保管されています。これは、毎年4月5日の開基会をはじめ、定められた日にしか開展されません。

(※明日4月5日のブログ更新は難しいですよ、そう匂わせています。)

日蓮大聖人は実際にこの地を歩き、「ここに法華本営の道場を創りなさい」と指示されました。また750年前の創建当初と、本堂や各坊の場所が変わらない寺院です。非常にめずらしいことです。

◯土着信仰と篤実さ

 数年前、京都から徒歩で沼津を目指した僧侶があり、私も約2週間の道中を何度か並脚し、お手伝いさせていただきました。
 嬉しかったことのひとつに、根方街道(富士市から沼津にかけての昔からある道)に入ると一気に、色々な方が、みかんや飲物、お賽銭を布施くださったことがあります。

 先導の私は、その都度お礼がてら「南無妙法蓮華経を唱えられていますか」とお尋ねするのですが、「うちは阿弥陀さんや」
「禅宗だよ」
という方もたくさんいらっしゃる。
 どうやら、南無妙法蓮華経のお題目や、歩いていること、太鼓にどうこう。というよりも
【道中に見かけた僧侶】になにかを施したい、ようです。

 その理由をまた尋ねてみると
「修行しているから」
「布施をすると功徳に預かれるから」
そんな思いよりも、
「道路に、この土地にお経をあげて下さっているから」というもの。
「私の土地にありがとう」という土着の念、そしてそれをすぐに行動でき、またストレートに伝えてくださる人懐っこさもあるのです。

◯光長寺にとって、お寺にとっての「御宝物」

 光長寺は、古文書や、鎌倉時代の仏像、山門など、たくさんの文化財を有していて、法華宗の本山で最古。歴史、敷地面積、さまざまな観点の規模から見ても、「法華本営の道場」たるに相応しい縁起があります。

 だからこそ、いつも「このままで良いのか。」と自問自答する責任があります。
 歴史や現存の宝物の維持のためには、その素晴らしさを発信し、触れ合う人々の幸せに繋がるよう考えることが、いつまでも必要とされ大事に護りつないでいく鍵、とも言えるでしょう。

 日蓮大聖人はお手紙にこう記されています。

 光長寺には、御宝物を守るための蔵、『御宝蔵』があります。
 宝物を護るため、できるだけ強固にと考えて建設された建物が、今は建物自身が貴重となり文化財に指定されています。もちろん、未だその中身の御宝物を護る役割は続いています。

 文化財の中の、御宝物。そしてご宝物はなぜ御宝物なのか。古いから、貴重だから。
 もっともっとその中には、奥には何が込められているか。750年間の「仏様への向き合い方」と「ほとけ(ご先祖)さまの供養の仕方」に他なりません。

 言い換えるなら、その向き合うものはもともとお世話になった方、ご信者さん、一緒にお経をあげた方であり、それに対するお供え、お届けです。

 つまり、光長寺にとっての御宝物は、「檀信徒の皆様」であり、「地域の方々」に違いありません。

 私は、光長寺・沼津生まれでないからこそ、この土地の有り難さ、凄さを感じています。育てていただいた環境に、感謝と恩返しが出来る人間・僧侶・寺でありたい。

 恩返しとはなにか、地域に、人々に必要とされるお寺となり、お寺自身も「宝物」となりたい。宝物は勝手に輝き、宝物は威張らずとも大切にされる。宝物の近くには、希望と笑顔があるはずです。

お互いがそれぞれの宝物になれれば、どういう社会になるでしょう?

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